「笑の大学」を観た.吉本興業の経営するお笑いタレント養成学校の戦前版の話かと思っていたのだが,劇団の名前であった.
最後の場面が感動的だ,などという感想もあるが,そうではなくて国家権力の体現である検閲官の役所広司が,笑いに開かれていく過程が本質的な面白さである.稲垣吾郎も渋谷で事件で起こしてからというもの表面的にはしょんぼりしていたが,こういういい仕事をしていけばいいのだ.(彼は左利きなのかな?).

昭和15年という時期が,検閲官と脚本家の関係を微妙に規定している.もう少し戦況が進むと,脚本家が「権力への抵抗です」なんていう発言もできなくなる.実際に役所広司のような検閲官がいたようにも思えるし,とうてい存在しえなかったとも思える. しかし,面白いものを面白いと感じる人間性が,権力の支配の間隙から抜け出ていくところは,いい感じで描かれている.三谷幸喜の才能はすごいものではないだろうか.この脚本は映画ではなくて演劇が最初だそうだが,本当に演劇なんて観なくなったなあ.

社会調査の回収率が戦後一貫して低下傾向を継続していることは,戦後日本の自由と民主化の進展指標ではないかと思えてくる.個人が国家より大きく存在している度合いに応じて,回収率も低い.国民が調査に協力してくれる度合いである.調査に協力する義務はない.しかし意義を共有できれば協力もしてもらえるだろう.意識の測定など,その程度にしか期待できない.

そのことは大変いいことであるように思う.しかし憲法改正に対して国民はどのように判断するであろうか.戦後に生まれた国民がすでに60歳になるという構成である.徴兵制を法制化するという場面になったら,どうするであろうか.「そんな,かったるいこと,やってられっかよお」と社会調査を拒否するように,徴兵を拒否するほどに個人が国家より大きな存在になっていれば幸いである.「お肉のため」には死んでもいいが,「お国のために」死んでみせようとは言わないだろうか.

太宰のなんかの小説で,フランス留学を兄が薦める場面がある.東大仏文の学生となった太宰(主人公)に,兄は「フランスに留学してハクをつけてから大学で勉強するのと,学校で勉強してからフランスに留学するのと,どっちがいいと思うか」と聞くと,「それは大学で勉強してからに決まっています」という返事をする.兄は少しがっかりした様子で帰っていく,そういうような場面であった.しかしそれは本音ではない.フランスに行きたくないのではない.そのころ,好きな女がいて,そいつと別れ別れになりたくなかっただけである,という.そういう価値の逆転をしてみせるのが,この小説の印象的なところであった.立身出世を思えば,親なんか,女なんか捨てて留学するのが,正当な(?)選択と苦悩のはずである.鴎外の「舞姫」であり.遠藤周作の「わたしが・棄てた・女」である.

国家のために戦争に命をかけず,個人のために命をかける.好きな女のために,愛する者のためには死ぬことができるが,国家のためには死なない.そういう日本人になっているのであろうか.お国よりも大きな価値をお肉に置くことができるか.理念として,そう判断できるであろうか.我々の親の世代は,アンビバレンツであった.戦争の悲惨を語ると同時に,軟弱になったとも叱る.外国が攻めてきたら,闘わないのか,そのために自衛軍を保有しないのか,という.どうするであろうか.戦争は始めない.しかし外国から日本に来て,自分の家族や友人や愛する人々を外国から来た連中が殺したら,どうするであろうか.外交理念としては不戦である.しかし個人としては,おそらく,そいつを憎み,八つ裂きにするかも知れない.軍備がなければ,ゲリラになってでも自分の愛する者たちを殺した報復を完遂するように思える.個人の行動としてはそうするかも知れない.戦争でなくても日常の犯罪に対しても,法的手続きは是認しつつ,犯人に向かって出刃包丁をつきつけてやる気持ちは自然なものである.

憲法改正の前に,各種の世論調査がこれから実施されていく.測定法は面接法であれ,電話法であれ,回収率は低い.計画標本に対して半分しか回収できない.回答しなかった人々の世論が測定できない.それでいいのであろうか.どうしたら,非回収群の測定(または測定に相当すること)ができるのか.

住民基本台帳の閲覧に関する法改正が進んでいる. これは世論調査と関係するものである.政府提案に対して野党は反対する.どのように反対するのであろうか.民主党は対案を作るであろうか.政府の法案に対して市場調査も閲覧できるようにし自由市場経済の発展に寄与すべきだ,という対案を作ればたいしたものだ.共産党はどのように反対するであろうか.全面的に廃案か?.すると今のまま閲覧制度を続けるということか.しかし共産党の理念からしてそんなはずはない.むしろ,学術調査であれマスコミ調査であれ,全面的に閲覧禁止というような方向で反対するかも知れない.いずれにせよ今の国会の構成では政府案は成立する.野党が何をいうか見ているぞ.

役所広司も少しは見ているが,今の日本での代表的な役者になったという感じがする.「shall we ダンス?」は面白かった.日本のサラリーマンの感じがよく出ている.リメイクの「Shall We Dance?」も観たが,日本の方が良かった.最初に日本を見たせいかも知れない.まず,アメリカ人がクルマでなく,電車で通勤するというところが不自然に思える.だいたいアメリカにダンス教室なんてあるのかねえ?.日本のサラリーマンに「ダンス」という「らしくない」ところが映画のいいところなんだが,アメリカになると,ダンスがとても自然に見える.そこもよくない.リチャード・ギアがダンスが下手だなんて見ていて,わざとらしい.なんてったてリチャード・ギアは「シカゴ」に出ているというのに!(うまいとはいえない気もするが).

リメイクを観て,国際的な俳優だという感じがしたのは,竹中直人と渡辺えり子である.この2人の役柄には日米の文化的障壁がない.竹中の役に関しては,竹中の方がはるかにうまいと思う.渡辺の場合もそうである.リメイク版は渡辺の雰囲気をまねるのに精一杯という感じで,竹中と渡辺はリメイク版にそのまま出したいくらいである.あとは,奥さんの扱い方は仕方ない,という感じでリメイクの特権として認めるしかない.米国版で奥さんの役割を同じにしていたら,それこそ不自然であろう.といことで日本に軍配.