世論調査の歴史で必ず言及されるのが,ギャラップの1936年の勝利(成功)と1948年の敗北(失敗)である.この栄光と挫折は,あまりに有名であるが,1936年の米大統領選挙の数字にはよく分からない部分がある.

日本で最初に,この話を紹介した参考書は,
▼吉田洋一・西平重喜(1956)世論調査,岩波
である.その第1表(p.26)は以下のとおりである,

第1表 1936年大統領選挙予想得票率
  ルーズベルト ランドン
実際の得票 60.2% 39.8% 100.0%
リテラリ・ダイジェスト 43.0 57.0 100.0
ギャラップ 54.0 46.0 100.0

ギャラップによるルーズベルトの予測値"54.0"には諸説がある.Gallup自身による,
▼Gallup (1972) Sophisticated Poll Watcher's Guide. Princeton Opinion Press.
には,"55.7"という数字が発表されている(p.215).本文では"56"と表示して使っているが,これは読みやすさのために整数にまるめたものと理解できる.ところがGallupのWEBサイトには"56.0"とご丁寧に小数点以下まで発表されている.つまり3種類の数字"54.0","55.7","56.0"が存在する(最近,GallupのWEBサイトでは過去の時系列調査結果を閲覧できないようだ.おそらくWEBの数字"56.0"は間違いであろう.メールの返事は来ない・・・).

その後,世論調査の教科書では,
▼佐藤・鈴木・船津(1976)世論調査.技興社.
▼岡本・中西・西平・原田・柳井(1985)ケース・データにみる社会・世論調査.芦書房.
▼世論調査研究会編(1990)世論調査ハンドブック.原書房.
が,"54.0"を孫引きしている.最初の岩波新書の影響であろう.

最初の著者の一人である西平氏は,
▼西平(1978)世論反映の方法 .誠信書房.
において"55.7"を採用している.
最近のまとめである,
▼西平(1991)選挙予測―日本の場合,外国の場合―.市場調査,209.
でも"55.7"としている.
新しい資料である
▼Gallup & Gallup (1999). The Gallup Poll Cumulative Index: Public Opinion, 1935-1997 .
でも,"55.7"となっている.

今後,世論調査の歴史的事件として有名な1936年の大統領選のギャラップの予測値は"55.7"が正しいとされるであろう.
なぜ,岩波新書で"54.0"が使われ,その後の教科書がこれを孫引きすることになったのか.当の西平氏も執筆当時のことは覚えておらず,使った資料も手元に無いそうだ.まだ私の生まれる前年の出版で,岩波新書が100円の時代であった.

調査結果ばかりでなく,肝心の選挙結果も分からないことがある.米大統領選における得票数の数え方の実態は,2000年の大統領選で明らかになったが,1936年の得票率にも諸説がある.吉田・西平(1956)では,ルーズベルトの得票率を"60.2"とし,これをまたその後の本が孫引きしている.しかしGallup(1972)と西平(1978)では"62.5"である.これはルーズベルトとランドンの2人だけの得票数を分母とした時のルーズベルトの得票率である.6人の全候補の全得票数を分母にするとルーズベルトの得票率は"60.8"であり,岩波新書の"60.2"の計算根拠が分からない.
Congressional Quarterly's guide to U.S. elections,3rd ed (1994年版)が最も信頼できるだろうが,この1976年版を見ると,数字が違うのである(!).1936年の選挙結果を1994年になってもまだ確定せずに変更しているのである(下表参照).

  TOTAL Roosevelt Landon Lemke Thomas Others
1976年版 45,642,303 27,747,636 16,679,543 892,492 187,785 134,847
  1.0000 0.6079 0.3654 0.0196 0.0041 0.0030
1994年版 45,654,763 27,757,333 16,684,231 892,267 187,833 133,099
  1.0000 0.6080 0.3654 0.0195 0.0041 0.0029
Gallup HP 45,652,341 27,757,333 16,684,231     1,210,777
  1.0000 0.6080 0.3655     0.0265

Gallupの1936年の調査については,ほかにも分からないことがある.標本サイズである.Gallup(1972)では3000と明記している.しかも,その抽出リストは実は,The Literary Digestの送付先と同じだという.

A sample of only 3,000 post card ballots had been mailed by my office to the same lists of persons who received the Literary Digest ballots.

Gallup & Rae (1940) The pulse of democracy では3000という数字は出てこない.むしろ25,000〜40,000という数字が出ている.想像としては,そこから3,000の標本を割当法で作成したと思われるが,確証は無い.

もう1つの不思議は,やはり Gallup (1972) の以下の記述である.

To warn the public of the likely failure of the Literary Digest, the writer prepared a special newspaper article which was widely printed on July 12, 1936 -- at the begining of the campaign. The article stated that the Literary Digest would be wrong in its predictions and that it would probably show Landon winning with 56 per cent of the popular vote to 44 per cent for Roosevelt .The reason why the poll would go wrong were spelled out in detail.

Gallup の7月12日の記事をまだ確認していないので,上記の内容が書かれているかどうかは不明だが,仮にGallupの書いているとおりであれば,日付がおかしい.7月12日には,まだDigestは予測調査をやっておらず,もちろん結果も発表されていない.Landonが56%,Rooseveltが44%という数字はDigestの最終結果であり,それは10月31日号に掲載されたのである.発行日が早めに印刷されることはあるが,現在の月刊雑誌のように2月早くても,7月12日以前に,Gallupは,8月開始のDigest調査の結果を知ることはできない.タイムマシンに乗って見て来たか,Gallup(1972)の間違いである.