From: 樋上 正美
To: stok@mn.waseda.ac.jp
Subject: ブートストラップ法の語源について

鈴木 督久 様

 始めまして。樋上(ひのうえ)と申します。ホームページのエッセイ
「ブートストラップ法の名前由来〜竹村先生エッセーへの感想として〜」
 を拝読しました。私はちょうど同じ頃(1999.11.02)に京都大学動物生態学 研究室のゼミでブートストラップ法を紹介する機会があり、その発表資料に余 談として語源のことを少し書きました。私は「ほら吹き男爵」の本を5冊調べ ましたが、いずれにも「ブーツの紐を引っ張って湖の底から脱出する」という 話は、書かれていませんでした。ビュルガーの翻案をもとにしたさらに後世の 翻案で発生したエピソードなのではないかと考えていますが、まだそのオリジ ナルに行き当たりません。この辺の情報についてご存知でしたらお教え頂きた く思います。

以下は、1999.11.02に使った資料のうち語源に関する部分の抜粋です。

余談:「ブートストラップ法」の語源
ブートストラップ法と命名したEfron(1979)には、"Swiss Army Knife", "Meat Axe", "Swan Dive", "Jack-Rabbit", "Shotgun" といった名前が候補に 挙がったことが書かれている。これらはもちろんJackknifeのパロディであ る。ブートストラップ(bootstrap)とは直訳すれば「ブーツのひも」であ る。しかし、「独力でやる」という派生した意味を持ち、そこから、コン ピュータが電源投入時に自動的にOSを読み込む方式を指したり、コンパイラ が自分自身を記述したりすることを指したりもする。
ダイアコニス&エフロン(1983)には、「ブートストラップという名前は、く つひもをしめ直して自力で再生するという意味の古い成句に由来しており、手 に入る1つのサンプルからたくさんのサンプルを多数再生するという意味を持 つ。」と書かれているが、これはbootstrapを「靴紐」とした誤訳である。 Bootstrapとはブーツを履くときにブーツを引っ張る上げるためのつまみ革の ことであって靴紐ではない。原著のDiaconis & Efron (1983) では、

"The name bootstrap, which is derived from the old saying about pulling yourself up by your own bootstraps, reflects the fact that one available sample give rise to many others."

となっている。 この"pull oneself up by one's bootstrap"というフレーズの由来については、Efron & Tibshirani (1993)に

"The use of the term bootstrap derives from the phrase to pull oneself up by one's bootstrap, widely thought to be based on one of the eighteenth century Adventures of Baron Munchausen, by Rudolph Erich Raspe."

と書かれている。 Munchausen男爵の冒険談に由来するということなのだが、その内容について はDavison & Hinkely (1997)に、

"a trick used by the fictional Baron Munchausen, who when he found himself at the bottom of a lake got out by pulling himself up by his bootstraps"

と紹介されている。
ところで、Efron & Tibshirani (1993)の "widely thought to be" という ぼかした表現がちょっと気になる。ミュンヒハウゼン男爵の冒険談は日本では 「ほら男爵の冒険」とか「ほらふき男爵の冒険」として幾通りも出版されてい るので、これを見てみよう。

野尻抱影(1938)訳注のものには、ブートストラップを引っ張って湖の底から 脱出するというエピソードは書かれていない。この本はルドルフ・ラリッヒ・ ラスぺが1784年に最初に(匿名で)書いて出版した後、フランス人ド・トット 男爵の旅行談の焼き直しを追加したり、ジェイムズ・ブルースの旅行談を焼き 直したものを追加(1792)したりしてできた版を元にしている。この冒険談はさ らにその後ドイツ語に翻訳されるときにビュルガーによって内容が追加されて いる。岩波文庫版「ほらふき男爵の冒険」はドイツのビュルガーが翻訳翻案し たドイツ語版を底本にしているが、ここにもブートストラップを引っ張って湖 の底から脱出するというエピソードは書かれていない。しかし類似の話として 「馬ごと沼に落ちた Munchausen が手で自分の髪の毛をつかんで自分自身と馬 とを引っ張り上げて沼から脱出する」というエピソ−ドが書かれている(挿絵 つき)。岩波文庫版の翻訳をした新井皓士が計量言語学方法論という応用統計 学の専門家であるのは奇妙な因縁といえよう。Munchausenの冒険談は最近に なっても映画化されたりと、欧米では息の長い人気をもつ物語なので、ビュル ガーが追加したエピソードで「髪の毛」になっている部分が後世の翻案のなか で「bootstrap」に変化したらしい。"Bootstrap" のエピソードを含むバー ジョンのMunchausenの物語がまだ見つからないので、この翻案をいつ誰が行っ たのかはまだ薮の中である。古い辞典(Webster English Dictionary 2nd Ed. (1934))には、"pull oneself up by one's bootstrap" というフレーズは 載っていないので、比較的最近(20世紀以降)に生じた用法らしい。少なくと も、このフレーズの出典をRudolph Erich Raspeとするのは正しくないようで ある。このへんの曖昧さが、Efronをして "widely thought to be" と書かし めた原因なのであろう。


2000/12/24(Sun) 04:27am GFD03044.@nifty.ne.jp 樋上正美