シンポ「今こそ,調査の哲学を」

セミナーのタイトルは「哲学」だが,私には「哲学」にこだわる期待はなく, 「根本的問題」とか「体系的思想」でもいいという程度で拝聴した. 私に「哲学」が無いともいえるが,「調査哲学」という発想をしたことがない. 従って,西平が相田・萩原に哲学表明があり,吉野・松田にそれがなかった, と指摘した時にも,「そうかなあ」という感想であった.

松田は世論調査の同業者でもあり言いたいことは分かる.質問としては2点あったが,時間切れであった.

  1. バンクの適格番号率が都市部と地方部で異なることは理論的に問題ではない. バンク別に適格率を数え上げているが,RDDサンプリングにとってバンク内の適格率は不明でもよい.
  2. 訪問調査では補正はしないという.その理由も納得した.しかしRDDでは補正が絶対必要だという. その理由は理解できなかった.訪問調査における同じ理由を適用すればRDDでも補正は不要ではないか.

吉野は「市場調査」に掲載した「三位一体」をベースにした報告で,その時に感想を述べたが,整理すれば,
  1. 現在は非科学的調査が横行している
  2. にもかかわらず,有意味性によって,乗り越える可能性を模索する.たとえばマスコミ世論調査の各社トレンドの 有意味性.
  3. 補正することの誤謬
補正について,会場も含めて議論になった.合意ができつつあるが,会場では齟齬があった. なお,松田が抽出確率の重み調整(世帯抽出確率と個人抽出確率の調整)において注意したように, 数学的に明快であっても,回収率が100%でないこと(60%程度)により,それさえ二重バイアスに加担すること があることについて,統計学者はコメントすべきである.これは実際のデータを触っていないと 実感できない悩みかも知れない.

属性分布などをセンサスに合わせて重み調整(補正?,加工?,改悪?)することと,共変量から傾向スコア を作って補正することは区別した議論が必要であった(西平が若干言及した). 欠損値の議論も同様である.そう簡単な話ではない.

今回は,会場から小林が指摘しなかったが,以前,ESOMARだかISOだかで「適切な重みで調整せよ」との ガイドラインが決まったというようなこと聞いた.そうだとすれば,その「誤謬」を日本から 世界の中心に向かって指摘すべきである.

萩原に関わる議論は単純明快だと思う.市場調査は自由市場の原理にまかせておけば,神の見えざる手で 適切な場所に導かれるであろうと思う.なお「ゼニもうけだから,ほっとけ」という意味ではない. ゼニにからむからこそ真剣だ,という意味である.人間が究極的に,追い詰められて本性が出るのは,カネであり, 暴力であり,性である.哲学ではない.

萩原は場違いなどとモジモジせずに,堂々とゼニの論理で押し通せばよかった.だから小林に「歴史的には アメリカでは市場調査が先であり,その成果をもって1936年事件が準備されたのだ」なんてコメントをくらう.

個人情報保護は 業界 では最大の関心を寄せて,真剣に取り組んでいる.

国民の意識が高まってきたような議論があったが,リテラシーのバロメーターとしては 「日刊ゲンダイ」(2003-9-27紙面)が最適だ,「たった千人余りの回答がなぜ世論なのか」 という見出しに,よく大衆的感情が反映している.「1都道府県あたり20人しか聞いてないことになる」 「1億2000万人の国民を代表できるか」という脇の甘い解説もあって指摘する甲斐がある.

相田の報告に,西平も大隅も好意的であった.国内で,マスコミ世論調査の堕落を批判するより, 整備された住民基本台帳から無作為抽出をせず, ていねいな訪問面接調査をせず,RDDなんぞに手を染め, 低い回収率の調査をたくさん発表し,日本のマスコミに 害悪を伝染させた元凶である世界の中心・アメリカに向かって,非難すべきではないのかと思うが・・・.
ろくに勉強もしない日本のブンヤごときを叱っていても,世界を変革できない.アメリカでは研究の積み重ね があるというなら,刃は自分に向かってくる.日本では必要なかった,というのなら,マスコミでは 必要であった.マスコミは電話調査に移行するにあたり.比較調査研究などを実施した.

相田の誤解に鈴木(達)が語気強く訂正した場面は単なるすれ違い.「憶測に過ぎない」に反応していた. 鈴木(達)は,どのように 実施したのかを明示しておけ,とか余計な化粧をするな,とか,まっとうなことを言っているだけだ. 相田の報告を聞いていて,英語の論文や本を 読んで勉強していることは伝わってきたが,アメリカでの調査の実体験をリアルに報告して欲しかった. レビューなら日本にいてもできるし,最近では島田が数本の論文をまとめている.

相田が順序効果について,電話では,短期記憶能力減退者(つまり老人)などは 「最後のカテゴリ」に多反応する傾向 がある−−と報告していた.われわれの調査では多肢選択では「最初のカテゴリ」に多反応する傾向がある. 老若とわず全体値であるが,「先頭」と「無作為化」の比較では10ポイントも差があった.

ところで,弟がミシガンにいるので,遊びに行ったことがある.デトロイトから時速70マイルでクルマを飛ばして北の 湖地帯まで行ったが,あの国で訪問面接調査をやる気にはならないだろうな.広大な原野に高速道路を作り, 獣道を寸断したことで,シカやスカンクが交通事故死で道端にころがっていた.スカンクの匂いはすごい. クルマのフィルターも通過してくるし,広範囲に影響力がある.

インディアンが自然と一体になる気持ちも分かりそうだ.The Education of Little Tree という小説がいい. 庭にはリスが遊びにくる.風呂は日本式がいい.

高速道路はあまり渋滞しないが,たまに渋滞して横をみると, 美人女性も足をフロントに投げ出して,いらついている.お行儀悪いじゃないの,と思ったが,サングラス がかっこよかった.湖畔で島へ行くために乗船の順番を待つときは, とても道徳的で順番を待っていた.浅草で「ヒミコ」に 乗船する時は大変だが,ここはそうでもない.

高校生のようなカップルがいて,初デートの感じで手をつないでいた. 男の方は,ソバカスがあって,不自然に無愛想で,まだまだという感じだが,彼女の方は,そんな彼にクスクスという 風で,清楚でかわいらしかった.島に着いたら 2人で自転車なんぞに2人乗りしたりして,楽しいんだろうなあ・・・. 私は1人乗りの自転車に乗った.自転車のブレーキは日本式がいい.


あまり整理されないシンポであったが面白かった.

哲学といえば,ソクラテス,プラトン,アリストテレスに始まり, 近代以降も,デカルト,ヘーゲル,マルクス,フーコー,レヴィ・ストロース,ソシュール −−などと思いをはせるが,これらの共通項であろう弁証法で,調査の問題を扱うとどうなるだろうか.

回収と非回収,訪問面接と電話聴取,標本誤差と非標本誤差,抽出法と測定法,科学と技術, 精度とコスト,戦後と現在,先輩と後輩.日本とアメリカ,学問と商売,理論と実践−− いくつかは弁証法をうまく利用できるかも知れない.

「歴史」ということを吉野も言った.回収率が100%の標本調査はない.1948年の「日本人の読み書き能力調査」 においてさえ,98.3%であった.GHQがジープを飛ばして,抽出された調査対象者である炭焼きのおばあさんを迎えに いって回答させても100%ではない.
1960年代まで80%は可能であった.現在はもっともていねいに実施して70%が上限 であろう.マスコミでは60%以上が通常となっている.

「精度が計算できる」のが科学的調査だという.歴史の最初にすでに非回収は含まれていた. 統計学の理論が前提にしている標本は回収率100%の無作為標本である. 住民基本台帳による訪問面接調査ですら,本当は計算できない.反復調査で,非標本誤差を検討して標本誤差と比較 することが最大限の努力ではないか.

いつも,いつも,標本抽出法と測定法は区別することは忘れてはいけない.なぜいつも人々は混同してしまうのか. 無作為標本に電話することもできる.有意標本に訪問することもできるのだ.

先輩は後輩による現在の調査を具体的に,実践的に,理論的に,徹底的に批判せよ, 後輩は1つ1つ徹底的に対決せよ.

訪問面接が理想的で,電話調査が現実的という. 電話調査を訪問面接のように実施した研究があるだろうか.RDDでは事前に調査協力依頼状を郵送 しておけない.しかし,事前に電話をかけて,調査趣旨を説明し,調査日を予告し,対象者を決めて在宅日を確認 する準備をすることはできるのだ.住民基本台帳の全国サンプリングのコストを使えば可能なことである.

電話調査は回収率が低いという.それは2日間で終わるからだ.訪問面接のように2週間もの実施期間を設定して やることだってできるのだ,電話なら拒否して,訪問なら拒否しない人がどれだけいるのか.その逆は?. 電話だと簡単に拒否できるという.インタホンでは簡単に拒否できないのか.

何度かけても出ない番号が残る.何度行っても会えない世帯がある.どうしても入れないマンションがある. ストーカーまがいに(鈴木(達)),そういうことを徹底的にやってみて,比較してみたら,どちらの アクセス能力が,どの程度,高いのか比較できる.

電話調査は母集団があいまいだという.目標母集団は有権者である.枠母集団は固定電話のある世帯である. どこにあいまいさがあるのか.確定できない番号が残ることがあいまいなのである.それは標本のあいまいさ であって,母集団のあいまいさではない.回収率の定義もできる. 調査不能は訪問面接でもある.名簿の不備・浮動は住民基本台帳にもある.